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移籍金43億円でマンチェスターユナイテッドへ電撃移籍

僕はプレミアリーグの名門、マンチェスターユナイテッドに移籍することを決めた。2年ぶりのプレミア復帰だ。

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ユナイテッドは、昨季チェルシーからプレミアの覇権を奪還し、今季はチャンピオンとしてリーグ戦連覇に挑む。しかし、ナニ、オーウェンを放出し、さらに選手の高齢化が進んでいるクラブは、今後チームの核となる若手の存在が必要不可欠だった。先のブラジルW杯でMVPを獲得したエースのルーニーは28歳。W杯で対戦したギグスに至っては40歳の大ベテランだ。
そこに今年21歳になる僕の存在がピタッとハマった。もう30年近くチームを率いる名将、アレックス・サー・ファーガソン監督の強い推薦もあったと聞く。

僕はさっそくニーランディッチさんとマンチェスターに飛び、クラブとの契約にサインをした。そこには、クラブのオーナー、そしてファーガソン監督も同席した。
僕は監督に一言あいさつをし、がっちりと握手を交わした。超がつくほど有名な名門クラブはいったいどんな感じなのかと緊張していたが、監督もオーナーもとても穏やかで、ピリピリした空気もなく時間が過ぎていった。聞けば今日はそのまま移籍の記者会見があるらしい。

しかし、事件はその記者会見で起こった…。

はじめは会見も和やかなムードで進んだ。僕がはじめにあいさつをし、そのあといくつか質問をうけた。ドイツで2冠を達成してのプレミア復帰や、W杯での日本代表の躍進について。パクチソン以来のアジア人の獲得ということも話題となっているようだった。記者たちは一様に歓迎ムードで、今シーズン、そしてこれからのユナイテッドに期待を寄せる質問がとんだ。

そして最後に、監督からユニフォームを手渡し、記念撮影をして終了ということになった。

しかしファーガソン監督がユニフォームを広げた瞬間、和やかだった会場が一気に異様な空気に包まれたのだ!ざわめく記者たち、一斉にたかれるカメラのフラッシュ。そしてユニフォームには














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7の文字。

ちょっ…!これにはさすがに僕も驚いた…。いくら日本人の僕でもユナイテッドの7番の伝統、というか重さを知らない訳がない…。さっきまで好意的だった記者たちも一斉に立ち上がり、矢継ぎ早に監督に向かって質問を浴びせた!!

―いったいクラブはなにを考えてるんだ!?
―こんなアジア人に誇り高き7番の伝統を引き渡すつもりか!?
―クラブが認めてもマンチェスターの市民が許さないぞ!!


しかしファーガソン監督は黙ったままじっと記者たちを見つめていた。しばらくして記者の質問がトーンダウンし、会場は一瞬の静寂につつまれた。すると彼は、ゆっくりと口を開いた。

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「このクラブを30年近くも率いている私が、この番号の意味を軽視する訳がない。彼にはこの番号をつける資格がある。だから私は彼に7番を預ける。ただそれだけのこと。答えはとてもシンプルだ。お前たち、今自分たちが言ったこと、絶対に忘れるなよ。今シーズンが終わる頃、今お前たちの放った言葉がどれだけ愚問だったか。お前たちは自分自身を恥じることになるだろう。」

そういって彼は僕を残し、会見場を後にした…。
ちょっ…、監督!?
そして会場の視線は残された僕一人に集まった。僕は、震えた手で7番のユニフォームを広げながら、苦笑いするしかなかった…。
記者たちのぶちギレの怒号と眩しいフラッシュを浴びせられながら、僕のプレミア復帰は波乱とともに、こうして幕を開けたのだった…。
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その日、欧州中が僕の動きに注目していた。

僕はドイツに着くやいなや、ニーランディッチさんの事務所に入った。

70_03.jpg「やっぱり私が思ったとおりでしたね。W杯が終わって、あなたの元には数多くのオファーが届いています。」と彼は笑顔で僕に言った。

やっぱり。オファーの話だ。僕は少し背筋を伸ばして話を聞きはじめた。

70_03.jpg「もし、あなたにその気があるなら、プレミアリーグに忘れ物を取りに行きませんか?」

プレミアリーグ?まさかプロデビューしたニューカッスルからまたオファーが?

70_03.jpg「あなたに、
マンチェスターユナイテッドからオファーが来ています。

なっ、マンチェスターユナイテッド!!!????

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来た!ついに来た!僕はプレミアリーグで、いや世界でも有数の超名門クラブ、マンチェスターユナイテッドからオファーを受けた!

でも僕は昨季キャプテンとしてヴォルフスブルクの攻撃を牽引して2冠を達成した立役者の一人だ。クラブからは契約延長も打診されていて、今季にかかる期待も大きいはず…。さすがにクラブの首脳陣が黙ってないんじゃ…。

「すでに私が間に入り、クラブ間での合意は取れています。あとはあなたの気持ち次第です。」

えっ?Σ(゚д゚;)

そうなの??

そうなんだ…。やるなぁこの人。あんまり出てこないからちょっと実力軽視してたよ。でもなんだか嬉しいような悲しいような…。

70_03.jpg「このチャンス、生かすも殺すもあなた次第です。もちろんこのままヴォルフスブルクに残留したとしても、私はあなたを全力でサポートします。しかし、あなたが希望していた、ワンランク上のレベルのサッカー、きっとユナイテッドでならできるんじゃないですか?そしてプレミアリーグには思い入れもあるでしょう?」

…。

ニーランディッチさんの言う通りだった。昨季CLでのインテル戦、そしてW杯でのブラジル戦。強豪とのレベルの差を痛感した。そして2年前、志半ばで離れることになったプレミアリーグ。またその舞台に立てると思うと、少し胸が高鳴った。でも今のチームにだって思い入れがある。2冠を達成したすばらしいチームだし、その中心として今プレーしているという誇りもある。ハセさんやシンジさんは何て言うだろう…。移籍すべきか…、それとも残留か…。

そのとき僕はふと、4年前、プロデビューのときシュケルツさんに言われた言葉を思い出した。

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「ヘイ!どうする!??
チャレンジするキモチはあるか??」


そうだ。僕はいつだってチャレンジしてきた。始まる前はいつも不安だらけだったけど、いつも逃げずに正面からぶつかってきたじゃないか。今回だってそうだ。世界トップクラスの選手がひしめき合うユナイテッドでレギュラーになれる保証なんかない。それでも僕はチャレンジしたい。だめならそのとき考えればいい。僕はいつでも前を向いていたい。もっとサッカーを好きになるために。

僕は気づいたら立ち上がっていた。そしてニーランディッチさんに向かって言った。

「行きます、マンチェスター!お願いします!」

すると彼はにっこり笑って小さくうなずいた。
そしてすぐに携帯を取り出し、

70_03.jpg「決まりだ!すぐにヴォルフスブルクとマンチェスターユナイテッドに連絡を取ってくれ。」と事務所のスタッフに伝えた。

こうして僕のマンチェスターユナイテッド移籍が決まった。
その日の夜のうちにマンチェスターユナイテッドのHPに僕の移籍が公式発表されると、ヨーロッパ各国に衝撃が走った。
そして翌日の新聞各紙は、僕の電撃移籍で持ちきりとなった。

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VfLヴォルフスブルクでの成績
年齢 19-20
在籍期間 2012-2014
試合数 83
出場時間 7412
平均評価点 7.2
ゴール数 55
アシスト数 36
平均守備評価点 6.7
ファン獲得数 5140


オフシーズンは大忙し

W杯が終わり、日本に帰国した僕は、慰労をかねて家族と温泉旅行に出かけ、しばらくはゆっくりと時間をすごすことができた。
と、思っていたんだけど…、旅行から戻ったあとは、各メディアからの取材がハンパじゃない。新聞、雑誌のインタビュー、TV出演など毎日毎日取材の嵐。どのメディアもW杯3位の快挙に沸いていた。そしてほとんどのサッカー雑誌が、3位の原動力となり、W杯ベストイレブンに輝いた僕の特集を組んでいた。(ブラジルW杯の模様はこちらから)

なかでも、僕が日本に帰ると必ず読んでいるNumberには、ロングインタビューが掲載されていた。

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―まずはW杯3位の快挙おめでとう。どんな気持ちで初出場のW杯に挑みましたか?

ありがとうございます。そうですね。最初の試合はどうしても緊張が先に走ってしまって…。相手がドイツだったっていうのもありましたし、ちょっと地に足がついてない感じでしたけど、アメリカ戦でアシストを一つ記録して、少し気持ちが楽になって、ボスニア戦でゴールを決めてからは、いつもの感じで試合に入ることができました。

―初戦のドイツ戦は惜しくも敗れてしまったけれど…。

悔しかったですね。初戦の入り方が大事だって言うのは監督も合宿中からずっと言っていたので。でもあそこで負けて、みんなの気持ちがまとまったっていうのもあるんで、まぁ負けたけど収穫はあったんじゃないかと思います。

―結果その後2連勝。
そうですね。良かったです。得点も決められたし。

―モロッコ戦ではすばらしいゴールで日本を初のベスト8に導きましたね。

あれは、本当にいろんないい条件が重なって生まれたと思います。調子も良かったし、いつもとは逆の右サイドだったんですけど、視野も広くて相手選手もゴールもよく見えてた。ボールを受けたときに前がガラガラで、敵のプレッシャーもなかったんで行っちゃえ!って感じでした。

―あのゴールは日本でも大騒ぎでした。

うれしいです。

―そしてウェールズ、ブラジルとの死闘。結果的に4試合連続ゴールで世界にも相当なインパクトを残せたんじゃないかな?
そうですね。勝ち進むごとに日本代表に対する評価も上がっていっているのは感じましたね。特にゴールを決めた選手に対する評価が向こうではすごかったですね。

―昨シーズンを振り返ってみてどうだった?結果、成績面では最高のシーズンだったと思うけど。

確かにリーグでも代表でもいい成績を残せたし、チームとしては満足できるシーズンでしたけど、まだプロになって4年だし、個人的にはこれからまだまだ成長していかなきゃいけないと思ってます。

―4年でこの成績を残せるのがすごいよ…。名実共に日本のエースストライカーとして、4年後にかかる期待も今から相当大きいと思う。特にこの4年間の過ごし方は君のサッカー人生の中でもすごく大きなウェイトを占めてると思うけど。
そうですね。今回こういう結果でW杯は終わったわけですけど、日本代表はまだまだ成長できると思うし、次は他の国も日本に対しては相当警戒してくると思うので、そんな中でさらに上を目指せるように頑張りたいですね。

―もしかしたら4年後ワールドカップを日本に持ち帰るなんて、ひと昔前では夢のようなことが現実に起こるかもしれないね。
もちろんそれを目標にがんばりたいですね。98年に日本代表が初めてW杯に出て今まで、いろんな人たちの努力や活躍によって今回ついにここまで来た。4年後、優勝は本当に夢じゃないと思います。


そんなインタビュー記事を読んでいると、突然電話が鳴った。
代理人のニーランディッチさんからだ。

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70_03.jpg「バカンス中のところすみませんね。申し訳ないですが、すぐにドイツに戻ってくることはできませんか?」

いつも冷静沈着なニーランディッチさんがちょっと慌ててるのが電話越しに伝わってくる。電話の後ろもなんだか騒がしそうだ。僕は何があったのかひとまず聞いてみた。

70_03.jpg「いや、電話で話せる内容ではありません。とにかく会って話しましょう。話はそれからです。」

翌日、僕は予定を繰り上げて、成田からドイツに向かうことになった。




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